ハムラビ





「は……?」

練習も休憩に入って汗を腕で拭って、そこにある筈のものに眼をやった。

ベンチに置いてあったのは似ても似つかないピンク色の紙パック。

「はぁっ……?!」

もう一度叫ぶと同時に「お疲れ!」と爽やかな声が掛けられた。

振り向くとひょっこり木陰からの満面の笑みが現れる。

(その仕草ちょっと可愛いかもしんねー、ちょっとだけ)

「お、おぉ」

「今日も暑いのに練習大変そうだねー」

そう言いながら一口呷ったそれに眼線が釘付けになった。

「お前……」

「んー?」

「……ふざけんな!」

「あぁん? ふざけてないっつーの」

「それは俺のだ!」

の手に握り締められたスポーツドリンクはどう考えても俺のものだ。

そう考えればそこにあるピンクのパッケージのやつにも納得が付く。

子供じみた行動に呆れて溜息が零れた。

「いちごオーレに摩り替えたのお前だろ」

「あは、正解〜」

悪びれもなくは頷いた。

「お前何の嫌がらせだ」

「最初に嫌がらせしたのは阿部の方でしょ」

「あぁ? 俺がいつ嫌がらせなんかしたんだよ」

「あたしのいちごオーレをコーヒーに摩り替えたじゃんか! 忘れたとは言わせない!」

それには確かに身に覚えがあった。

しかもものすごくつい最近……つーか、今日。

4限の授業、は居眠りしていた所為で昼休みも板書を写す作業に追われていた。

いちごオーレが売り切れてしまうことを恐れていたの顔は必死そのもので、

俺が代わりに買って来てやろうかと申し出てやった。

(たかがいちごオーレの為にあまりにも憐れだったからってだけだ)

は「阿部が神様に見える……!」と感極まり何度も感謝の言葉を述べた。

たまには人に親切にするのも良いもんだなーと俺は上機嫌で購買に向かった。

購買には残り僅かだったけれどお目当てのそれがあって安堵した。

その瞬間、俺の頭の中をの昼食メニューが過ぎった。

フレンチトースト、チョコデニッシュ、デザートにいちご練乳付き。

昼食とは思えないセレクト。

(別に俺が訊いた訳じゃない、コイツが自慢してきたから知っていただけだ)

甘いものに甘いものは流石に合わないだろう。

俺は更に親切心を働かせていちごオーレではなくコーヒーを買って教室に戻ったのだ。

「あたしが頼んだのはコーヒーじゃねー!」

俺の買ってきてやった缶コーヒーはの叫びと一緒に投げ返された。

はコーヒーが嫌いだった。

(正確には飲めない、おこちゃま味覚だから)

「あれは……まぁ、悪かったけどよ。好意のつもりだったんだよ」

「はぁっ? 好意?」

「甘いものに甘いものなんて合わねーだろ」

「合うか合わないかはあたしが決めるんだよ! あたしのいちごオーレ返せ!」

「あー、もううるせーな! 眼の前にあんだろ、勝手に飲め!」

「これはコンビニのやつなの! あたしは購買のいちごオーレが飲みたかったんだよ!」

何が違うんだか俺には理解不能だ。

コイツにとっていちごオーレはそんなに価値があるのだろうか。

俺にとって野球のような?

そんな馬鹿な……いや、そうだとしてもこれはない。

俺は汗だくになって練習に励んで、とてつもなく喉が渇いているのだ。

いちごオーレなんて飲んだら余計に喉が渇いてこの後の練習がままならない。

「だからってこんな仕返しフツーするかよ、信じらんねー」

「我家の家訓なんだよねー。眼には眼を、歯には歯をってやつ」

「だから悪意には悪意を!」と軽やかに続けた。

……ハムラビ法典かよ。

だからってこんな仕返しはないだろ。

しかも何気に3割増しの仕返しだ。

そもそも俺は悪意なんかじゃなくて好意のつもりだったんだから

本来返ってくるのは好意じゃないのか?

そこまで考えてハッとした。

「じゃあ好意には好意ってことだよな?」

「そうそう、好意には好意を!」

「ふーん……なぁ」

「ん?」

辺りを見回して近くに野球部の連中がいないことを確認する。

「俺さ」

やべっ、緊張してるのか更に喉が渇いてきた。

声が掠れそうになる。

「俺、お前のこと好きなんだけど」

「……」

「……」

「……はぁっ?! 何言ってんの? うっぜー」

……この女―!!!

ハムラビ法典じゃなかったのかよ!

「好意には好意だから “じゃああたしも好きー”だなんて言うとでも思ったの?

 阿部の冗談、マジつまんねー」

「……お前に期待した俺が馬鹿だった」

「はい?」

さっさと忌まわしい過去は忘れて休憩が終わる前に飲み物を調達しよう。

俺は無駄な労力を使った所為で余計に喉が渇いた。

自販機を目指してグラウンドを後にする。

「え? え?! もしかしてマジなの?!」

いまだにふざけたことをほざいているを無視して早足で歩く。

けれどちっちゃくてコンパス狭いクセにめげずには付いて来る。

それどころか「ねぇ、マジなの?」、「今の告白?」、「阿部ってあたしのこと好きなの?」と

恥かしい質問を重ねてくる。

放課後といえど居残ってる生徒たちもいてときどき好奇の眼を向けられる。

かなり気まずいけれど休憩時間も残り僅かだ。

そんな他人の反応構ってられない。

やっと目的地に辿り着いて、自販機に小銭を放り込む。

俺が立ち止まったことを良いことに

は俺のアンダーを掴んで「ねーねー」と顔を覗き込んできた。

「ねー、阿部ってばー」

(そんな顔すんな! つーか、そんなくっつくな! 余計に喉が渇くだろ!)

「あー、もううるせぇな!」

自販機のボタンを力任せに叩いた。

「マジだよ、マジ!」

もう、どうにでもなれ!

お願いだからさっさと忌まわしい過去を忘れて野球に青春を捧げさせてくれ!

ガコンと激しい音を立ててペットボトルが落ちてくる。

ボトルを拾おうと屈むとアンダーを強く引っ張られた。

反射的に振り向くと眼の前にの顔があって。

「あ、あたしも阿部が好きだよ!」

真っ赤な顔で叫ばれて、火照っていた頬にキスされた。

「……」

「……」

「……くっ!」

「なぜ笑う?!」

「なんだよ、やっぱりハムラビ法典なんじゃん」

そう言って笑ったら、も照れながら笑い返した。

まぁ、ハムラビ法典ってもやっぱり3割増しみたいだけど。



























































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