泣かないで





隣で膝を抱えて泣いている女を横眼で盗み見る。

なんだか自分が泣かせてるみたいな気持ちになって、溜息をひとつ。

給水タンクに寄り掛かる。

普段泣いても声を殺して泣くような女なのに

こういうとき決まってこいつは嗚咽を洩らして苦しげに泣く。

こっちが居た堪れなくなるような。

「おい、好い加減泣き止めよ」

「っ……」

言葉が出ない代わりに蹴られた。

別に痛くないから良いんだけど

学ランの黒にくっきり23.0センチの上履きの跡が付くから

やっぱりちょっと勘弁願いたいもんだ。

蹴られた場所を払いながら話し掛ける。

「別に泣くことねぇじゃん。これで何度目の告白だと思って……うわっ!」

蹴りどころでは済まなくなって、踏み潰された上履きが飛んできた。

俺が避けたもんだからの上履きはあっけなく転げ落ちていった。

「ったく……なんで告白された側が泣いてんだか」



は何気にモテる。

顔はまぁ、普通よりは可愛いか程度なんだけど

男とも気軽に話せるさばさばした性格とか実は結構優しかったりするところとか、

とにかく男にとって好きになりやすい要因を兼ね備えている訳で。

俺とが親しくなってから既に4度目の告白を受けていた。

そしてその度にここ、屋上の給水タンクが置いてあるスペースで泣き腫らすのが

お決まりのパターンになっている。

最初は偶然だった。

午後の授業はサボろうと屋上に出向いて、

陽当たりの良さそうな場所を探そうとした矢先頭上から嗚咽が降ってきた。

その頃はまだそこまで親しくなかったものの、

眼の前で泣いている女を無視することも出来ず、理由も知らないまま慰めまくった。

そしてようやく泣き止んだと思って理由を訊いたらとんでもないことを言われた。



『あたし、告白されたんだ。友達のクラスの男の子で何度か喋ったことあるんだけどね。

 でもそんな感じ全然無かったからびっくりして。

 人に好きって言ってもらえて嬉しくない筈ないけどさ、

 でも相手のこと恋愛対象としては好きじゃなかったから……断った』

『ふーん……まぁ、良いんじゃね? 好きじゃないんだから仕方ねぇーだろ。で?』

『以上』

『あ?』

『今、全部話したじゃん!』

『……は?』

『だから告られてフっちゃったから泣いてたんだってば!』



唖然。

開いた口が塞がらないとはこういう状態のことかと思ったものだ。

フラれて泣くのはすんなり納得出来るけど、こいつはフって泣いたという。

相手の想いを受け入れられない、拒むしか出来ないことがつらいのだそうだ。

それ以来、俺はが男をフる度、

フラれた奴の方が数倍泣きてぇだろうよ、と思いつつ俺は慰め役に徹している。

あ、慰めるのとはちょっと違ぇか。



「ねぇ、5時間目なんだっけ?」

声が洩れなくなってしばらく沈黙が続いたかと思うと、が俺に喋り掛けた。

「あ? 数学じゃねぇーの」

「あー、そうかも。また三井に付き合わせ授業サボらせちゃったね。ごめん」

顔を上げて俺の方を向いたの顔はぐちゃぐちゃだった。

腫れて紅くなった眼が痛々しくて眼を背ける。

「別に。どーせ授業出るのかったるかったし」

「あたしの所為でこれ以上三井が赤点取ったらどうしよう」

「てめー」

やっと、弱々しくだけど笑ったに安堵した。

こっちの方がずっとらしい。

「あー、でもなんでまたみんなあたしなんぞ好きになるんだろう。

 結構意味不明じゃない?」

「そうか?」

「そうだって」

そうやって自分のことをあまりよく分かってないような奴だから

告られる度に泣く羽目になるのだろう、こいつは。

「俺には寧ろフって泣く方が意味不明だけどなー」

「ふん、告られもしない人間には分かんないだろうよ」

「むっ。これでも俺は経験豊富だぞ!」

「それって好きって気持ちがあって、そのうえで付き合ったりした訳?」

「……いや、ヤっただけ」

「だと思った」

見透かされていることにやるせない気持ちになって頭を掻いた。

「好きじゃないのによくそういうこと出来るねー」

「うるせーな」

「あたしそういうの無理ー」

はそう言いながら脚を伸ばして、給水タンクに凭れた。

「お前さぁ」

「うん」

「ずっとそうやって好きじゃない男はフっていく訳?」

「だって好きじゃないんだから付き合えないじゃん」

「で、ずっとそうやって泣く訳?」

「……ん」

の頬に手を伸ばして、まだ涙に濡れていた眼元を親指で拭った。

「そうかもね」

指先の濡れた手のやり場が無くて、ぎゅっと握り締めた。

「好きな相手に告られたら?」

「はぁ?」

「そういう可能性もあんじゃん」

「そういう少女漫画みたいなこと起こらないと思うけど」

「……あれ? そういえば好きな奴いんの?」

「あ……。まぁ、ね」

「で、例えばそいつに好きだって言われたら?」

「嬉しいに決まってるじゃん」

「泣かねぇ?」

「泣かない」

の横顔を見つめる。

風で前髪が靡いて白い額が覗いていた。

「ふーん。まぁ、頑張れよ」

の小さな頭をあやすように掌で軽く叩いた。

「三井がそういうこと言うの珍しいじゃん」

「俺って優しいだろ?」

「あー、その優しい三井クン。悪いんだけどついでに上履き探してきて」

「お前なぁ……どこらへんがついでなんだよ」

そう言いつつ、の笑い声を背に腰を上げる。

鉄梯子を下りると探し物は案外すぐそこにあった。

「ねー、あったー?」

「おう」

23.0センチの上履きを拾う。



『で、そいつに好きだって言われたら?』

『泣かない』



俺もその辺の奴らと一緒でを泣かして終わるのだろうか?

の上履きを見つめながらそんなことを思った。














































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