今日という日を、
「あー、もうやだ。めんどくさい」
その肩書きを持った者としてはあまりに不釣合いな台詞が室内に放たれる。
最早咎める言葉すら出てこない。
「どうしてあたしがこんなことの為に貴重な休日を潰さなきゃならない訳?」
それはお前が生徒会の副会長だからだ、という言葉は飲み込む。
そんな当たり前の理由も、彼女にとってはなんの理由にもならない。
自分の意思で生徒会に入った訳ではないから殊更だ。
は非常に不真面目な人間だ。
何事も面倒くさがって、やる気も責任感もなくて、おおよそのことが適当。
どうしてこんな人間が生徒会の一員に選ばれたのか、
それは単純なことで、こんな不真面目なくせに成績だけは恐ろしく良かったからだ。
は拒否するのも面倒だったのか、そのまま生徒会に入ってしまった。
そこまでは良い。
それもひとつの運命だろう。
けれど生徒の代表である生徒会の人間になったからにはそれ相応になって欲しい。
いや、贅沢は言わない。
とにかく業務だけは文句を言わずにしっかりとこなして欲しい。
「いっそ文化祭なんて廃止しちゃおっか?」
は鮮やかに笑いながら、まるで口ずさむように俺に尋ねた。
無意識に俺の眉間に皺が寄る。
「何馬鹿なことを言っているんだ」
「だって、休み返上でみんながやりたくない仕事請け負って手塚は楽しいの?」
「……楽しいという訳ではないが」
ほらね、という顔をされて気に障った。
「だが、何かの為に頑張れることは有意義だ」
「でも、テニスしてる方が楽しいうえに有意義でしょ?」
俺は一瞬言葉に詰まってしまった。
「あたし、知ってるよ。手塚がテニス大好きだってこと」、とが続けて、
俺はなんだかよく分からないけれど動揺してしまい、
窓の外、テニスコートがある方に眼をやった。
今日は休日だが、代休になっている月曜の代わりに練習が組まれている。
今頃、部員達はボールを打ち合い、汗を流していることだろう。
「ねぇ手塚、今日も作業終わったら部活行くの?」
「あぁ」
「これ終わる頃には部活、あと1時間もないと思うけど」
壁に掛かった時計を確認し、溜息を吐く。
「お前が真面目にやれば今頃終わっていた。やれば出来るのにどうしてやらないんだ?」
「えー、手塚と少しでも長く一緒にいたいから?」
「ふざけるな」
「うわ、つまんない反応」
「つまらなくて結構だ」
「うん、でも、だから手塚が好きだよ」
俺は一瞬だけ、危うく呼吸のしかたを忘れそうになる。
は不意に、とても自然に、こういうことを言うことがある。
その口調は軽やかで、とても本気とは思えない。
けれど、その瞬間だけそれまでとは明らかに違う空気を纏っていて、
不覚にも俺はそこに特別な何かを見出してしまう。
もし、そこに彼女の本気を見つけてしまったら俺はどうするのだろう。
ときどき、そんなふうに考えてしまう自分がいて、嫌悪する。
本気な訳がないのに。
「良いから喋ってないで手を動かせ」
「はいはい、もう黙りますよ、生徒会長様」
それ以降、は本当に黙って作業をこなした。
そのおかげで予想していたよりも早めに今日のノルマは終えることが出来た。
そう、はやらないだけなのだ。
やれば何事も人並み以上の結果を残す。
「……ねぇ、本当に明日もやるつもりなの?」
「当たり前だろう?」
「えー……」
「この作業が終わらないと周りが次に進めないからな」
「やっぱり文化祭は廃止にしちゃっ……」
「じゃあ、鍵閉めるぞ」
「あ、手塚が無視したよ」
「俺は忙しいんだ。お前に付き合ってる暇はない」
「うん、手塚って本当にいつも忙しそうだよね」
「そんなんだから老けるんだよ」というの言葉はもう無視することにして、
席を立ち、ドアに手を掛ける。
けれどが立ち上がる気配はない。
それどころか心持ち首を傾げ、何かを考えている。
「?」
「ん……あたし、一眠りしてから帰るから鍵預かるわ」
「そうか。じゃあ、戸締り頼むぞ」
鍵を渡し、もう一度ドアに手を掛ける。
少しだけ考えを巡らし、振り向く。
「明日、サボるなよ? 来なかったら家まで迎えに行くからな」
俺は確かにそう言った。
あえてそこまで言ったのだ。
それなのに。
溜息が勝手に洩れる。
震える携帯電話のディスプレイにはの名前が表示されていた。
嫌な予感に眉を顰めて通話ボタンを押した。
『あ、手塚? 今、どこ? もう生徒会室着いちゃった?』
「いや、今廊下を歩いているところだが……」
『なら良かった』
それよりも暢気な声の奥で英語での会話が聴こえるのはなぜなんだ。
約束していた時間まであと10分はある。
のことだから先に着いていて早く来るように催促するなんてことありえないし、
遅刻の連絡だろうと予想は出来ていた。
けれど、これは予想以上に事態は悪そうだとげんなりした。
「、お前今何をしている?」
『映画鑑賞』
「……」
『手塚? 聴こえてる?』
「……お前、昨日サボるなと釘を刺したこと、忘れたのか?」
『んーん、覚えてる』
「じゃあ、なぜ今そんなことになってるんだ。今日も生徒会の作業が……」
『手塚』
その声には俺の唇から言葉を攫うだけの威力があった。
俺は口を噤んで立ち止まり、耳を澄ました。
『いつも忙しい手塚に今日という日を、あげる。
ゆっくり休むなり、大好きなテニスをするなり、手塚の好きに使って』
それだけ一方的に告げるとは電話を切った。
まさか、と思う。
廊下を進む足がどんどん速まる。
まさか、そんな……。
鍵を開ける作業すらもどかしい。
あのに限って……。
ドアを開け放つと眼に飛び込んできたのは黒板に書き殴られた文字。
いまだ信じがたい気持ちで書類が積まれた机に寄った。
それらを手に取り、パラパラと捲っていく。
今日こなすべき筈だったノルマはすべて、終わっていた。
そう、はやらないだけなのだ。
やれば何事も人並み以上の結果を残す。
「参った……」
思わず呟き、手で口元を覆った。
もし、とずっと考えていた。
もし、そこに彼女の本気を見つけてしまったら俺はどうするのだろう、と。
携帯電話から着信履歴を呼び起こす。
『もしもし?』
「、サボるなと言っただろう」
『えっ……手塚、今どこに……』
「今、生徒会室にいる」
『じゃあ、なんで……』
「来なかったら家まで迎えに行くって俺は言ったぞ」
『……手塚?』
「そして好きに使えと言ったのはお前だ。今から迎えに行くから待ってろ」
電話を一方的に切り、鞄を手に取る。
ドアの前で振り向いて、もう一度黒板を見つめる。
―― Happy birthday ! ! ! ―
15歳になった今日という日を、彼女とどう過ごそうか。
俺はひっそりと笑んで、部屋を出た。
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