もしかして恋が生まれるかもしれない





あたしと泉は幼稚園からの付き合いだ。

近所に住んでいるのだから小学校、中学校は当然、ついには高校まで一緒になった。

マンガみたいにずっと同じクラスなんてことはなかったけれど(現在は隣のクラスだ)、

それでも下らないことを喋ったり、

教科書にはじまってCDやらジャンプやらを貸し借りしたり、

泉に命令されて(なんでだよ!)炎天下のなか野球部の試合を応援しに行ったり、

時々ふたりでなんとなく遊びに行ったりもした。

要するに、うちらは腐れ縁というやつだった。

一緒にいて気楽な存在。

お互いがそう認識していた。



「だから付き合ってないって言ってるじゃないですか」

「そんなことも覚えてられないなんて先輩ってほんっと馬鹿ですね」と続けると

浜田先輩は笑顔を引き攣らせた。

ちゃん、最近冷たくない?」

「あたしにとって浜田先輩はその程度の存在なんで」

完璧な笑顔で答えると、

先輩は「また泉に似てきた、可愛くない可愛くない可愛くない……」とあたしの頬を抓った。

「うっぜぇ!」

その手を振り払い、頭を思いっきり叩いてやる。

「で、何が良いと思います?」

涙目の浜田先輩にもう一度尋ねた。

泉に誕生日プレゼントを要求されるのは毎度のことだった。

「なんでも良いからなんかよこせ」と中1のときに言われ、

その言葉通り本当に適当にコンビニで買った新発売の冬季限定ポッキーをあげたら

殺意を込めて蹴られた。(女子に対して酷い……)

それだけならまだ良かった。

数週間後のあたしの誕生日、泉を真似して「なんかよこせ」と言ったあたしに

泉はとびきり可愛い白いマフラーをよこしてきたのだ。

なんて奴だ。

それからというものの、毎年泉の誕生日はあたしの試練になってしまった。

中2のときは泉に倣ってマフラーをあげ、マフラーと同じ白い手袋を貰った。

中3のときは泉に倣ってマフラーと同じ色の手袋をあげ、ケータイのストラップを貰った。

今まで彼氏なんて出来た試しのないあたしは泉の真似をすることしか出来ないでいる。

これではあまりに悔し過ぎるではないか。

「あたし、男が何喜ぶなんて分かんない……」

絶望的な気分で机に突っ伏した。

「男が喜ぶものって考えるから余計に分かんなくなるんだろ?

 単純に泉の欲しいもんあげりゃ良いじゃん」

「泉の欲しいもんなんて知るかっつーの」

だから頼りにならないであろう浜田先輩に相談するという最終手段に出たのに。

この人ときたら「泉の欲しいもんなんて彼女のちゃんの方が知ってるだろ?」なんて、

眩暈のするようなことを言ってのけたのだ。

何度否定させれば気が済むのだろう。

あたしは泉の彼女なんかじゃない。

つーか、泉に彼女なんていて堪るか。(あたしだって彼氏いないのに!)

泉とは随分長い付き合いになるけど、

泉から恋バナを聞いたことはないし、それらしい気配を感じたこともない。

もしかしてホモか……?、と疑ったこともあったけれど、

部屋のベッドの下にAVが隠してあったから(隠せてないも同然だったけど)

一応は一般的な健康男子であることには間違いない。

「……浜田先輩、アイツってなんで彼女作んないんだろ?」

彼女はいなくとも、彼女にしてくれという奇特な子が何人かいたことをあたしは知っている。

「いやぁ、まぁ……野球一筋でそういう余裕もないとか、さ……」

「あ、その反応はなんか知ってる」

「知らないよ! 知らないって!」

「ふーん」

じーっと見つめると浜田先輩は視線を彷徨わせた。

絶対なんか知ってるよ。

「まぁ、良いです。また今度吐かせるから」

浜田先輩は空笑いで誤魔化してみせた。(誤魔化せてないんですけど)

「泉ってどんな子がタイプなんだろ?」

「んー、あんま大人しい子は駄目みたいだよ」

「あぁ、泉に告ってくるのってみんな女の子らしい子ばっかだもんね」

彼女にしてくれという奇特な、大人しいタイプの女の子たちの姿が頭に過ぎった。

みんな結構可愛かったのに贅沢者だなぁ、おい。

「一緒にいて気楽な子が良いんだって」

「アイツ、気を使うのとかめんどくさがりそうだもんね」

「だからちゃん、泉と付き合っちゃいなよ!」

あたしは今度こそ渾身の力を込めて浜田先輩の頭を叩くと教室を後にした。

あたしと泉のあいだに恋が生まれるなんてありえない。

馬鹿者め。(本当に頼りにならない男だ)

「ほんと、ありえない……」

あたしの呟きは冷たい廊下にやけに響いた。



「おい」

男の骨張った指の関節でこつりと頭を小突かれて眼が覚めた。

「よーっす」

腕に埋めていた頭を起こすと薄闇のなか、泉の華奢なシルエットがあった。

「ん、お疲れー」

「お前、電気も点けずにこんなところで今まで寝てた訳?」

放課後、泉に『教室で待ってるから』と簡素なメールを打った。

お互いの誕生日には一緒に帰るのがいつのまにか恒例になっていた。

プレゼントを渡す為に。

これでプレゼントが冬季限定ポッキーとかで済むなら態々こんなことしないのだけれど、

流石にマフラーや手袋をクラスメートたちの前で渡すのは妙な誤解を生みかねない。

今年も前例に倣ってみたものの、

泉は高校に入ってからそれはもう熱心に野球部の練習に励んでいるものだから、

待ちくたびれていつのまにか寝てしまっていたらしい。

「なんか、そうみたい」

「無防備な奴。風邪引くなよ?」

「ん」

席を立って鞄に手をかけると泉が歩き出したから慌てて後ろを追った。



木枯らしの吹くなか並んで自転車を走らせ、言葉少なに家路に着いた。

最近の泉はふたりきりだと黙り込むことが多くなった。

部活で疲れているのかもしれない。(泉は中学時代より野球に熱を入れている)

でも、長年の付き合いのおかげか言葉はあまり必要なかったし、

その沈黙がどことなく心地良かったから気にならなかった。

ただ、もともと女性的な顔立ち(言ったら殴られるな……)の割に

男らしい性格ではあったけれど、

高校に上がって随分と男らしくなった横顔が、

手の届かなくなってしまったもののように感じて、なんとなく気に障る。

時々手を伸ばして触れられるかどうか確かめたくなるけれど、

でも、あたしたちにそんなのは可笑しいと笑って、その衝動を追いやった。

「泉、顔、青白いよ」

「寒ぃ」

「そっちこそ風邪引くなよ?」

泉はそれに答えるようにマフラーを口元まで上げ、肩を窄めた。

あたしが一昨年あげたマフラーだった。

学ランの黒に合わせてグレーを選んだのは正解だったな、と思う。

そして鞄のなかにしまい込んであるものを思った。

結局、あたしには泉の欲しいものなんて分からなかった。

「で?」

泉がこちらを向いて口を開いた。

あたしの家の玄関前にある段差に並んで腰掛けた泉の眼線は少し高い。

「あー……あたし、今年はすっごい考えたんですよ」

「お前なんで敬語なんだよ」

「そこはお気になさらず」

「……きもいんだけど」

「まぁまぁ」

「で?」

口篭もりそうになる自分を叱咤して「どーぞ」と白い封筒を鞄から取り出した。

「あ? 何、これ」と疑問符を並べながらも泉はそれを受け取った。

「泉も年頃の男の子だから彼女が欲しいと思ってさ、それであたし考えた訳」

泉が寒さで強張った顔のまま封筒を開けて薄い紙を取り出す。

「だから彼女をプレゼントしようと思ったんだ」

手を止めた泉があたしの顔を無表情で見つめた。

それであたしは慌てて言葉を続けた。(その顔はなんなのさ……)

「でも、流石にそれは無理だったもんで、

 だからってもし泉が一生独身じゃ可哀想だから保険ということで!」

日本語が可笑しい。

つーか、なんであたしが動揺しなきゃならないんだと憤りを感じた。

泉がゆっくりと折り畳まれた紙を開いていく。

薄い紙に緑の印刷。

そこに黒のボールペンで欄の半分が埋められている。

婚姻届。

その文字に現実感はどうしても感じられないけれど、それは紛れもなく本物で。

ふたりが法律的に結婚出来る年齢に至ったとき、

空いた欄を泉が書き込んで役所に提出すればあたしと泉は夫婦になってしまう。

なんだそれ、意味が分かんない。

人生賭けてあたしは何をやっているんだろう。(浜田先輩に劣らずあたしは馬鹿だ)

「……」

「……あの、泉?」

「……」

「……おーい?」

「えっ、あ……」

泉の顔は呆然としていて、あたしはもう耐えられなくなった。

あたしはなんとなく泣きそうになって鼻をぐすっと啜った。

「というのは冗談で、プレゼントはこっちです」

綺麗にラッピングされた包みを鞄から出して泉に突き付ける。

「……へ?」

「こんなのプレゼントな訳ないじゃん、ばーか」

泉の手から紙切れを奪ってくしゃくしゃに丸め、鞄に放った。

いまだにきょとんとしている泉の手にプレゼントを握らせる。

「また泉と同じで悔しいけど、ケータイのストラップ」

何が良いのか分からなくて結局いつもどおりの展開になってしまった。

まぁ、だからオマケの婚姻届でウケを狙ったんだけどそれも失敗してしまった。

暴言を吐かれるなり、暴力を受けるなり、覚悟はあったのに。

それすらしてもらえないだなんて、あたしは何の為にこんな手の込んだマネをしたんだ。

やっぱり泉の誕生日は試練だ、鬼門だ。

……いや、もう過去の過ちは封印しよう。(もう二度とウケ狙いはすまい!)

「でも、ちょうどストラップの紐切れたって言ってたでしょ?」

そう言って泉の顔を覗き込むと、

さっきよりもしっかりとした顔付きで泉が手のなかに収まったものを凝視していた。

細い指がリボンを解いて、器用に包装紙を剥がす。

細長い箱にはシルバーのプレートが付いたシンプルなストラップが収まっている。

泉のクロームっぽい黒のケータイに似合うだろうと思って選んだ。

不思議と泉に似合うものを見つけるのがあたしは得意だった。

「おぉ、カッコイイじゃん」

早速ケータイに付けて揺らしてみせると、泉は笑ってそう言った。

「うん、良いじゃん」

「サンキュな」

「おう」

とりあえず喜んでもらえたみたいだと安堵の溜息を吐いたら、

隣から「……なぁ、」と控えめに呼ばれた。

その声の響きは妙に硬くて少し不安な想いで泉の方を見た。

何かは自分でもよく分からないけれど、予感みたいなものがあってあたしは身構えた。

「……なに?」

「……」

「泉?」

「さっきのはくれねぇの?」

男らしくなった横顔がこちらを向いて、すぐ触れられそうだとなぜだか思った。

「それ、よこせよ」

「え、なんで?」

「欲しいから」

泉は手を伸ばして皺くちゃになった婚姻届を勝手に取ると

それをさも大切そうに、大きな手で伸ばしてからきちんと折り畳んでポケットにしまった。

あたしはどうしようもなくなって、俯いた。(泉、何してんだよ……)

「プレゼント、サンキューな」

泉が立ち上がって、自転車に跨がる。

「泉」

「ん?」

「誕生日おめでとう」

俯いたまま呟いた。

「ありがと」

泉の自転車が遠退いていくなか、あたしは膝に顔を埋めた。

どうしよう。

なんで、あたしはこんなに胸が苦しいんだろう。(変だよ、こんなの……)

あたしと泉のあいだに恋が生まれるなんてありえないはずなのに。

顔を上げると冷たい夜風が頬の辺りをじんわりとさせて、気付いた。

もしかして恋が生まれるかもしれない。

「そんな馬鹿な……」

泉から貰った大切な白いマフラーを手繰り寄せて火照った頬を隠した。



それとも――もしかして恋はもう生まれていた……?



























































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