ひらがなに愛を込めて





「いーずみっ」

頭をばしっと叩かれて顔を上げるとやっぱりがそこにいた。

「痛ぇよ、馬鹿」

「これ、サンキューね」

俺を今さっき叩いたそれをひらひらとさせてが笑う。

差し出された古典の教科書は今日の1限に貸してやった筈で、今は5限な訳で。

「お前返すの遅ぇし」って受け取った教科書での頭をばしっと叩いた。

さっきのお返しだ。

「痛っ! 怒るなよー、うちらの仲じゃーん」

「あ? ただの同級生ですけど」

「酷い、泉くん! あたしを弄んだのね!」

「は? お前の妄想癖、そろそろやばいよ」

「むー、泉がいじめるって浜ちゃん先輩に言い付けてやるから」

「好きにすれば? つーか浜田はもう先輩じゃねーし」

「あ、そうでした」

急に冷静になるから俺は思わず吹き出してしまった。

いつもだったらも俺につられて恥らいもなしに大口開けて笑うのに、

今日はその声が聴こえてこない。

不思議に思って笑うのをどうにか抑えての顔を覗き込んだ。

けれど視線は合うことなく、彷徨う。

?」

「いやっ、覚悟は決めたんだ……」

「おーい、さーん?」

「泉っ、ちゃんと最後まで読んでね!」

「は?」

は早口でそう告げると俺を無視して「浜ちゃーん」と叫びながら浜田に突進していった。

(さっきのはなんだったんだ? まぁ、いっか……)

中学時代から変わらずは浜田が好きらしく懐いている。

それが恋愛感情なのかどうかは訊いたことはない。

別に俺には関係ないことだけど、

もし、「うん、そうだよ」って答えられたらなんとなーく面白くない気がするから。

(いや、ほんと、ちょっと! ちょこっとだけだけどな!)

そんなことを思っていたらなんだか自滅するように気恥ずかしくなってきて。

乱暴に教科書を机に突っ込もうとしたら視界にあるものが飛び込んできた。

「ハート?」

教科書の左下の隅っこにハートが書いてある。

しかもご丁寧に赤いマジックで。

まさかと思ってページを開いて確認すると、

予想通りで中身にも黒のマジックで文字が書かれていた。

さっきの『最後まで読んで』ってやつはこの悪戯書きのことを言っていたらしい。

(ふざけんな……普通マジックで書くか?!)

せめて面白味のある悪戯書きなら笑って許せてしまう気もしないでもないが、

一文字ひらがなが書いてあるだけで何の芸も無い。

溜息を吐いてパラパラと指先からページを零す。

「あれ……?」

俺はそのときやっとパラパラ漫画の存在を思い出した。

もしかしてこれを捲っていくと文章になるのかもしれない。

ならやりかねないことだ。

ぱらぱらぱらぱら……。





『あ』

『た』

『し』

『じ』

『つ』

『は』



(えっ……)



『い』

『ず』

『み』

『の』

『こ』

『と』

『が』





(え、えっ……)

どきどきどきどき……。

ぱらぱらぱらぱら……。

(ま、まさか……)

どきどきどきどき……。

ぱらぱらぱらぱら……。

(コレって……)

どきどきどきどき……。

ぱらぱらぱらぱら……。

(こくは……)










『き』

『ら』

『い』










その瞬間俺はフリーズした。

(……ふざけんな! 俺のトキメキ返せ!)

俺はのほほんと浜田と笑っているのアホ面に

行き場のない想いを込めて教科書を投げ付けた。

「ぶはっ!」

さすが野球部、顔面直撃。

「ちょっ、何するんだよ!」

「お前こそふざけんなよ!」

俺が睨み付けるとはなんだか傷付いた顔をして、

落ちた教科書を拾って俺の元へとぼとぼとやってきた。

らしくないその様子に俺の怒りはあっというまにどこかへ消えていってしまった。

(なんなんだ? なんかコイツ泣きそうになってないか? まさか俺何かした?)

焦りが俺の思考をぐるぐるさせる。

「あの、……?」

「泉、あのさー、最後まで読んだ?」

「へ?」

「あ、その顔は読んでないでしょ?!」

途端には元の調子に戻って頬を膨らました。

「最後まで読んでってちゃんと言ったじゃん!」

「え、あ、わりぃ」

「もー、泉がこんな短気だなんて計算ミスだよー」

「ご、ごめんって、拗ねるなよ! 今読むから!」

ぱらぱらぱらぱら……。

「わっ、ちょっ、待って! あたし、あっち行くから……」

ぱらぱらぱらぱら……。










『う』

『そ』

『☆』










「えっ……」










『だ』

『い』

『す』

『き』










「っ!!!」

表紙のハートが最後にやってきてそれは終わった。

恐る恐るを見ると林檎みたいにほっぺを真っ赤にして俺を見ていた。

「だ、だから待って言ったのに……泉のばかやろー! 泉なんてだいきらいだー!」

は叫びながら9組の教室を飛び出して行った。

(や、やっぱ追い駆けるべきか? いや、でも返事どうしよう)

に好きって言われてなんか嬉しいけど。

なんか知んないけどすっげー嬉しいんだけど。

「泉、顔すっげ真っ赤―」

「うっせー、浜田!!!」という台詞が出てこなかったのは泉孝介、一生の不覚です。

(ま、マジでどうしよう……やっぱとりあえずは追い駆けるべき?)



























































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