LIAR GAME





「今日も青春してるねぇ」

微笑ましい気持ちでひとりごちて、

バスケ部の練習が行われているなか、我が物顔で体育館に入っていく。

ま、もう部外者といえば部外者なんだけど、これはもう特権だと思う。

黄色い声援を送っている女生徒達の合い間をすり抜け、

お気に入りの場所である舞台の真ん中あたりに辿り着く。

真ん中ってなんだか心許ないけど、

ここが体育館全体を見回せる絶好のポジションなのだ。

部員達が淡々とメニューをこなしていく様子を

ぼんやりと眺めるのは勉強の息抜きにちょうど良い。

「あ、先輩!」

信長の声は体育館によく響くからちょっと恥かしい。

部員全員の視線が一気に集まって「あ、先輩だ」とか言う声があちらこちらで洩れる。

やれやれと思いながら声がした方を向くと

こちらに走り寄ろうとしたところを神に首根っこを掴まれた信長の姿があった。

「コラ、まだセットメニュー終わってないだろ?」

「え、だって先輩が……」

「これ終わってから!」

「ぶー、神さんのケチ! 鬼キャプテン!」

「ノ〜ブ〜、お前今日はメニュー追加な」

「がーん! じ、神さん……!」

いつものやり取りにケラケラ笑っていると

神がこっちを見てすまなそうな眼で「もうちょっと待ってて下さい」って言ってきた。

「別に信長に会いに来た訳じゃないから良いよー」

そう答えると神はクスリと笑った。

隣で信長が「ひっでー」とか騒いでいる。

「もうすぐ休憩になるんで帰らないで下さいね」

それに小さく頷いて、舞台の上に腰掛けた。



休憩になると神はタオルを頭に引っ掛けてこちらにやって来た。

「お疲れー」

神は小さく笑んで舞台に上がり、「先輩も」と返す。

「あたしも?」

「受験勉強。さんがバスケ部に顔出すときって大概勉強で疲れてるときだから」

「……あいかわらず嫌なところ突く子だね」

それを無視するように神はペットボトルに口を付ける。

本当に、あいかわらず自分のペースに巻き込もうとする奴だなぁ。

大袈裟に溜息を吐いてみせたけど

バックボードが揺れる音が響いて思いのほか効果は得られなかった。

いつもは冗談で済んでいるのに今日は本当に追加メニューを与えられたらしく、

信長がまだコートに残ってシュート練習をしていた。

その姿はなんだか輝いて見える。

「若いって良いなぁ」

呟いたら神は飲んでいたスポーツドリンクを噴出しそうになった。

「何言ってるんですか。さんも充分若いでしょ」

「お肌ピチピチの年下くんに言われてもなんだかなぁ」

「年下って、1つしか違わないし」

その口振りにちょっとだけ拗ねてるのが分かる。

なんで年下の男の子って年下扱いされるのを嫌がるんだろう。

実際年下であることには変わりないのに。

それに。

「今週の土曜で2つ上になりますけど」

「あ、さん誕生日か」

両手を後ろに突いて、宙に浮いた脚をぶらんぶらんと揺らす。

「やだなぁ、独り寂しく年老いるなんて」

誕生日を迎える喜びは年齢と反比例する一方。

この歳にもなればあたしも流石に気付き始めていた。

「ひとり?」

「そう、独り」

「彼氏は?」

「そんなのとっくに別れちゃったよ」

「え、知らなかったな」

「だって教えてないもん」

「なんで別れたんですか?」

「んー、別に嫌いになったって訳じゃないんだけど、

 なんかそういう風に見れなくなったっつーか」

高2のはじめに付き合った彼氏とは夏の大会前に別れた。

あたしたちは特に問題もなく仲良くやっていた。

だけど別れた。

友達の誰かが言っていた。

ドキドキが続くのは3ヶ月、あとは特別な出来事が繋いでくれて、

で、1年過ぎて一通りのイベントを終えるともう何もない。

なんとなーく好きかなーって恋をした相手だとみんなそうなる。

だけど何をしてでも手に入れたいって思う程の人は簡単に見つけられない。

そのときは恋愛とかあんまり興味なくて適当な相槌しかしなかったけど、

今考えてみるとなんだかそれはすごく的を得ているように思う。

確かにあたしと彼もそんな感じだった。

あたしたちはもともと仲の良い友達だった。

付き合いはじめはドキドキしたけれどあっというまにそれは落ち着いてしまい、

意味合いのある日を一緒に過ごすという特別性がなんとか恋人らしさを保たせていたけど

結局気付くとそこに戻ってきてしまっていた。

別れようと言ったのはあたしだったけど、アイツもそれにすんなり同意した。

今は何もなかったんじゃないかってくらい普通に仲の良い友達だ。

好きだったという気持ちを否定したくはないけど、

互いをそこまで必要と出来なかったことは事実だった。

「それにこうやって神とかバスケ部の連中といる方が楽しかったんだもん」

「……ふーん」

「でも孤独な誕生日を迎えることなんて想定してなかったよ」

「今は受験勉強で友達も構ってくれないだろうし」って続ける。

あたしはセンターがないから比較的余裕があるけど

クラスメート達はひーひー言ってる。

あたしが歳をひとつ重ねるくらいで時間を割いている場合じゃない。

そりゃそうですよね、分かってますよ、それで結構です。

「じゃあ、俺が祝いましょうか?」

「へ?」

間抜けな声を出して神を見た。

「まじで?」

神が「まじで」と笑い掛けてくる。

この笑顔に女の子達はくらりときてる訳ね、なるほど。

「大切な先輩が独り寂しく年老いるのを黙って見過ごすほど薄情じゃありませんよ」

いや、この笑顔でこういうこと言う男はどうだろう。

あんな声出して騒ぐほどのもんかなぁ。

「ねぇ、なんか嫌味に聞こえるんだけど」

「人が祝ってあげるって言ってるのに卑屈にならないで下さい」

「もっと可愛げのある言い方出来ないの?」

「もっと可愛げのある受け取り方出来ないんですか?」

「無理無理」、「俺も無理です」なんて言い合って笑う。

「あ、ねぇ、バスケ部は? 練習試合控えてるんじゃなかったっけ?」

「その日はちょうど練習ないんです」

「へぇー、すごい偶然だね」

「どこ行きます?」

「祝ってくれるんでしょ? 神が決めてよ」

「じゃあ夏前に出来た水族館でも行きますか?」

「え」

さん好きそうじゃないですか」

「うん、よく分かったね。本当はずっと行きたいと思ってたんだ」

「じゃあ決まりですね」

そこはずっと行きたいと思ってた場所だった。

どっちかっていうと家族団欒で出掛けるというより

恋人同士がデートで赴くようなちょっとロマンチックな水族館で、

アイツとは既に別れていたからそのまま機会を失っていたのだ。

「神とデートかぁ……」

「デート……デートですね」

あんな場所にふたりっきりで行くんだからそりゃデートに決まってる。

神の隣に並ぶからには全身全霊でオシャレしていかないと

すれ違う女達の視線が本気で恐ろしい。

このあいだ買ったばかりのワンピース着ていこう。

神の私服姿はあんまりじっくり見たことないけど、

ムカツクくらいさらっと着こなしていてあたしも不本意ながらときめいてしまうかもしれない。

どうしよう、そんなの嫌だなぁ。

「嫌ですか?」

「え? んーん、全然。ただ、柄にもなく緊張してる自分がいてちょっとウケる」

「……俺も結構緊張してるから大丈夫ですよ」

「は? 神が?!」

「その反応なんですか。俺も人の子ですよ」

「あはは」

あたしの笑い声にバタバタと足音がフェードインしてくる。

追加メニューを終えた信長が意気揚々とこちらへ向かってくる姿があった。

あ、やばい、信長には悪いけどそろそろ時間だ。

「じゃああたし予備校あるからもう帰るね」

「はい」

舞台から降りると同時に信長が眼の前にやってきた。

先輩!」

「よっ、信長! じゃあまたねー」

「って、えぇーっ! もう帰っちゃうんすか?!」

「うん、帰ります」

先輩と喋りたくて俺マッハで追加メニュー終わらしたのに!」

「残念。受験生はそんなに暇じゃありません」

「んー」

信長が唇を尖らせて拗ねてみせるからちょっと困ってしまった。

少しなら時間があるかもしれない。

時計と相談しようとしたら神が助け舟みたいに口を開いた。

「ふーん、そんな元気があるならもう練習再開しよっか?」

「ちょっ、神さん待って! 水分補給しますから!」

慌ててボトルを呷る信長に笑う。

そして眼だけで「ありがとう」と神に伝える。

「じゃあ、土曜日楽しみにしてるから」

「はい、俺も楽しみにしてます」

「えっ、土曜って何っすか?」

「ホラ、もう始めるよ、ノブ」

「うわっ!」

神が信長の首根っこを掴んでコートへ戻っていく。

その後ろ姿を少しの時間見送って、体育館を後にした。



放課後の廊下をひとりで歩きながら、ずっと押し殺していた笑いを解放する。

今頃きっと神は最高にご機嫌で顔を緩めながら練習に励んでいることだろう。

それを見られないのはちょっと残念だけれど。

ねぇ神くん、お姉さんをなめてもらっちゃ困るな。

上手く事を運んだつもりだろうけど全部お見通しだよ。

君、あたしが好きなんでしょ?

彼氏と別れたこと知って、

誕生日に過ごす相手がいないことに気付いて、

その日本当は部活があったのに休みになるように仕向けて、

あたしの行きたがっていた場所のなかでも雰囲気のある場所に誘って。

君は自分の思い通りになったように思ってるだろうけど、それは間違い。

全てはあたしの思い通り。

彼氏と別れたことは信長に伝えれば3日もしないうちに神に伝わる確信があった。

あの神のことだから好きな女が彼氏と別れていて誕生日に過ごす相手がいないと知れば

何が何でもそのチャンスをものにしようとするだろうと思ったのだ。

案の定、というやつだ。

神は自分の予定を空ける為に「たまには息抜きをした方が練習の効率が上がります」とか

尤もらしいことを監督に進言して言い包め、休みをもぎ取った。

だから誘いやすいようにワザと誕生日の話題を振って、彼氏と別れたことも告げた。

あの水族館に誘われることも想定内。

だって、神が牧に用事があって昼休みにうちのクラスに来るって分かってた日に

夏に買って飽きる程読み尽くしていた雑誌を今更持ってきて

あの水族館の特集を食い入るように見ておいたんだもん。

神ならそれを見逃す筈がないって分かってた。

あとはごく自然にいつもの調子で振舞って、適度な隙を作って、

ちょっと期待させてみたりして。

悪いけど、手のひらの上で踊ってるのはあたしじゃなくて神の方だよ。

君が好きになったのはそういう女なんだ、ご愁傷様。

きっと真実を知ったらとてつもなく悔しがると思うけど、まぁ良いじゃない。

あたしも君が好きなんだから。

それに神が何をしてでもあたしを手に入れたいと思ってくれているように、

あたしも何をしてでも神を手に入れたいんだ。

だからもう少しだけ、騙されていてよ。

















































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