それは誰の責任なのか





おそらく、高瀬は恐ろしく真面目な男だ。

球児らしく礼節を重んじ、真摯で、一途で。

そして球児の90%以上がそうであるように童貞だ(った、今の今まで)。

この件に関してはビール1ダース賭けても良い。

一般高校生が経験する煩悩事の半分も知らない奴なら

この展開もまぁ、有り得るのかもしれない。

相手が高瀬なら尚更だ。

だけど今までを振り返る限り不真面目に生きてきた、

人生が煩悩事の塊みたいなあたしは、「俺、責任取るから」なんて言われたところで

一体どうすれば良いのか分からない。

「じゃあお願いします……なんて、言う訳ないでしょ」

高瀬は頬を染めたまま気まずそうに視線を彷徨わせた。

「大体、責任取るようなことにはなりえないから大丈夫だし」

「なんでそう言い切れるんだよ」

「いや、だってちゃんとゴム着けたし」

「絶対じゃないだろ」

まぁ、そりゃあ100%の避妊を望むならコンドームじゃ不足だけど。

けれど清く、正しく、高校生でも出来る手軽で堅実な避妊で事を成したセックスに

何の不安要素があるというんだろう。

思い出したくもないけれど、あたしは酔った勢いに任せて

その日出会ったばかりの名前も知らない男(でも、良い男だったんだコレが)と

ゴムも付けずにヤッてしまったこともあるのだ。

それを思えばなんと健全なセックスだっただろう。

「まぁ……でも、もし万が一が起こっても高瀬が悪いんじゃないし」

「で、でも押し倒したの俺だし……」

高瀬は自分の行為を思い返して恥らったのか、更に顔を紅くした。

「でも、あたしが誘ったんだから高瀬に責任はないよ」

「えっ……?」

「……えっ? もしかして誘ったって、分かってなかったの?」

「あー……、ごめん」

「おいおい、高瀬ぇー」

数学の課題教えて欲しいなんて大義名分に決まってるじゃないか。

そんなことの為にわざわざ旅行で家族不在の高瀬家になんて行く訳がない。

「うち、今誰もいないから……」

そうやんわりと、けれど切実に断ろうとした高瀬に、

「その方が色々と好都合でしょ」って答えたと思うんだけど。

それでもまだ言葉足らずだったってことか。

球児は本当に凄いな。

ピュアだ。

イノセントだ。

「あのさ、なんで?」

「なんで、って?」

「いや、なんで誘ったんだろうって」

正直、自分で言うのも嫌味みたいでなんなのだけれど(でも事実なのだからしかたない)、

あたしは非常にモテる。

クォーターの父と日本美人の母から授かった遺伝子のおかげで顔は整っているし、

努力の賜物で細いけど胸はデカいという魅惑的なスタイルを維持している。

何より、経験値がそうさせているのかクラスの女子より大人びた雰囲気があって、

単純な思春期男子はその空気にイチコロだ。

男に不足したことなんてない。

そう断言出来る。

でも、あたしだって誰だって良いって訳じゃない。

男を見る眼くらい、そこそこ養われている。

「高瀬としたかったからに決まってるじゃん」

「そんな軽く見えるかなぁ」とワザとらしく言ってやると、

思った通り高瀬が「んなことねぇよ!」と慌てて否定したから笑いそうになった。

「違くて! 違くて……」

「ちょっと高瀬、冗談だからそんな……」

「そういう意味じゃなくてさ……なんで俺なんだろうって、さ」

高瀬は紅い顔で俯いて、「普通思う訳じゃん……」ともぞもぞ言葉を濁していった。

その言葉が何を意味しているかが分からないほどあたしは鈍感な女ではなくて。

つまり高瀬は、自分のことが好きだから誘ったのか?と問いたいのだ。

そりゃそうだ。

普通はそういう考えに至るし、そしたらどうなのか確認したくなるものだろう。

男という生き物はプライドが高い。

抱いた女は自分のもの、という意識を持つ輩を今まで何人も見てきた。

高瀬はそんな人間ではないと思うけれど、

ここで「ただ欲求不満だっただけで、誰でも良かったんだよねー」なんて

ふざけたことを言った日には彼の自尊心も危ういかもしれない。

あたしは慎重に言葉を選ぶ必要があった。

別にあたしは高瀬に対して恋愛感情がある訳じゃなかった。

けれど高瀬のことはとても良い男だと思っているし、

それなりに好意があるからこそ抱かれたいと思ったし、実際抱かれた。

ちなみに、今までの誰のとより、高瀬とのセックスは気持ち良かった。

それはもう頭が可笑しくなるくらいに(童貞でテクなんてない筈なのになんでだろ?)。

こんな男を独占出来たらどんなに幸せだろう。

その想像は素晴らしく、なんだか胸を熱くさせた。

あぁ、と思う。

あたしは高瀬のことが結構好きになってたのかもしれないということに気が付いた。

でも、だからといってあたしのような女が健全な球児を、

しかも全校女子から人気を集める桐青のエースを独り占めなんてして良い訳がない。

これは困ったな、と思い溜息を吐くと、高瀬が「?」と声を掛けてきた。

思考を戻す。

とにかく今は言葉を選ばなくてはならない。

高瀬を傷付ける訳にはいかないのだから。

「高瀬、それを訊いてどうするの?」

「え?」

「高瀬って本当に真面目だからさ、もしここであたしが好きだよとか答えたら

 責任取ろうとしてあたしと付き合っちゃうんじゃないの?」

「……何が言いてぇの?」

「高瀬みたいな男があたしなんかに誑かされて良い訳ないでしょ?

 女の子達が悲しむだろうし、高瀬にとっても良くないよ」

「ね?」とあやすように俯いている彼の顔を覗き込もうとしたら、

高瀬の眼があたしを射抜いた。

「勝手に決めんなよ」

低い声だった。

高瀬が本気で怒っているのが分かった。

何かまずったかと自分の言葉を頭の中で反芻させていると、

肩に衝撃が襲って、景色が反転した。

視界には高瀬の顔と天井。

少し遅れて、高瀬に押し倒されたのだと理解した。

「高瀬……?」

「俺、もうとっくに誑かされてるから」

高瀬の顔は逆光で翳っていたけれど、真剣で妙に熱っぽいのが感じられる。

あたしは自分の心音が異様に速くなっていることに戸惑った。

「高瀬、そんなの気の迷いだって。ちょっと冷静になり……」

「いくらふたりっきりでも好きじゃない女、押し倒したりしねぇよ」

「えっ?」

「俺、ずっと前から誑かされてるから……」

高瀬があたしの肩口に顔を伏せた。

高い体温が心地良かった。

綺麗な黒髪からは高瀬らしく石鹸みたいな清潔な匂いが漂ってきて、

あたしはもう余計なことを考えるのは放棄しようと思った。

「だから、……お願いだから責任取らせてくれよ」

顔を上げて高瀬があたしを見つめる。

この男が責任を取ってくれるなら、あたしはいくらだって抱かれても良い。

「高瀬、それを言うなら責任取れよじゃないの?」

染まった頬に手を寄せると高瀬の顔が近付いてきて、あたしは眼を伏せた。




























































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