産声





若の誕生日は12月5日。

俺の誕生日は6月5日。

その差はちょうど6ヶ月だ。

6ヶ月の赤子というのはもう立派に個人として成立する。

五感がしっかりと働いている、人間である。

若の母親、俺にとって叔母にあたる人が産気付いたとき、

いちばんに駆け付けたのはその人の姉である俺の母親だった。

若の父親は師範として道場の生徒が出場する大会に同行していた為不在で、

叔母さんは咄嗟に近所に住んでいる姉を頼ったのだ。

当然俺にはそんな記憶はないが、母は6ヶ月の息子を置いて行く訳にはいかず、

俺を抱いて病院に向かった。

そして無事産声が上がるまで分娩室の前で祈っていたそうだ。

つまり、俺は母に抱かれ若の産声を聴いたのだ。

若がこの世界に生まれ落ちた瞬間に俺は偶然居合わせた。

そして14年の月日が経った。

この14年間、俺はずっと若の隣にいた。

若が生まれ、生きて、ここに存在する現在まで、俺はずっと傍にいたということになる。

若の人生に俺がいなかったことはない。

その事実を神に感謝するべきか、神を恨むべきか、俺にはちょっと分からない。

幸福の大きさに比例して不安も膨らむ。

人間は複雑な精神を持つ生き物だ。

カーテンと窓を細く開けて、空を仰ぐ。

月灯りが少し眩しく感じられて、瞳を閉じる。

こんな不安も朝が訪れればきっと朝の静謐な空気に溶け、消えてしまう筈だと信じたい。

冬の乾いた風が慰めるように俺の瞼を撫でた。

?」

振り向くと若が上体を軽く上げてこちらを見ていた。

意識がしっかりとある顔をしている。

「ごめん、起こしちゃったな」

「眠れないのか?」

「ちょっとね」

そう答えると若はベッドから抜け出て、俺に寄った。

裸の上半身が月光に照らされて妙に扇情的だ。

きっと背中には俺が立てた爪痕が生々しく残っているんだろうな、と思うと

少しだけ気恥ずかしさに襲われる。

「寒い」

俺が窓に手を掛ける前に肌を合わせてきた。

首に顔を埋められてぞくりとする。

微かにする汗の匂いが先程の行為を思い出させて、

俺の身体に巻き付けた若の腕に手を重ねた。

俺達はついに境界線を越えてしまったのだと、改めて思う。

一緒にいた14年間、俺達の想いは常にそこに存在していた。

お互いが必要とし、求めていた。

けれどそれが普通でないことは痛いくらい分かっていたから、

固く沈黙を守り続けていたのだ。

、そんな無駄なことやめろ」

「え?」

「お前、何か考えてるだろ」

俺は喉を震わせて笑う。

「なんで分かっちゃうんだろ」

「ずっと一緒にいるんだ。そのくらい分かる」

14年の歳月はすごい威力だ。

けれど、これからの何十年という未来の方が遥かに威力を持っている。

無限の可能性がそこに在る。

それを捨ててまで境界線を越えたのは、若にとって本当に良い選択だったのだろうか。

それだけの価値がある……?

だって、俺は男なのだ。

「そんなこと考えても無駄だぞ。俺はお前を離すつもりはない」

「後悔する日がいつか来るよ」

「絶対に来ない」

「俺、絶対なんて言葉は信じられないんだ」

「知ってる」

「俺は男で、若の子供は産めないんだよ」

病院の廊下に響き渡ったであろう、若の産声を思う。

命の連鎖。

それを断ち切ってしまう権利なんて、俺にはない。

「男同士なんて、普通じゃないよ」

「それでも俺に薫が必要なことに変わりない。だから今こうしてるんだろ」

「お前、分かれよ」と髪に唇を寄せられる。

「うん」

俺も若を手放すつもりなんてない。

それが間違っているとしても。

若の為に世界は失えても、世界の為に若は失えない。

どんなに考えても、この気持ちから背けられる筈なんて本当はないのだ。

振り返って、若を見つめる。

産声を上げたときからずっと見つめてきた。

これからもこのひとと一緒に生きていきたいと心の底から思う。

「若、誕生日おめでとう」

壊れ物に触れるように、若の手が俺の頬に触れる。

静かに唇を合わせ、再び若を見つめるとそこにいたのは共に境界線を越えたひとだった。

俺はそうして若の腕の中で彼の二度目の産声を聴き、赤子のように安らかに眼を閉じる。

































































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